シーサーネット樣:機能確認用サンプルブック(検索ハイライト/ルビ部分検索不能)
20/20

− 120 −第2章 村落概況首里出身の高江洲義正が入植し、製塩を始めたのが発祥とされている。その後首里・那覇から多くの人々が移り住み、製塩業に従事した。一九〇三年に高原から分離し、泡瀬村となった。中城湾に面して港を擁する泡瀬には人口が集中し、大正期から昭和期にかけて、中頭郡東海岸の中心集落に発展した。古くから製塩業を中心に、製材業や砂糖樽(樽皮)の製造も行われ、旅館や床屋、飲食店・市場などからなる町並みが形成されて賑わいを見せた。同地には、首里の寒水川芝居の役者であった富里のターリーに習い受けた伝統芸能チョンダラーが伝わる。これは、一九〇六(明治三九)年、龕がんの仕立て祝いの行事として村芝居で初めて演じられたという。【参考文献】・平凡社『沖縄県の地名』日本歴史地名体系第四八巻、二〇〇二年一二月・角川書店『沖縄県 姓氏家系大辞典』角川日本姓氏歴史人物大辞典47 一九九二年一〇月・角川書店『角川日本地名大辞典』47 沖縄県、一九八六年七月

元のページ  ../index.html#20

このブックを見る